2020年6月24日 更新

人と船を守る船長としての役割

高木さん(船長) 1987年1月入

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-日本海工に入社されたきっかけを教えてください。

(高木)工業高校を出た後、大阪でサラリーマンとして1年ほどエレベーターの取り付け仕事をしており、その後4~5年ほど主に東南アジア向けの貨物船の船乗りをしていました。
その頃27歳位でしたので、そろそろ落ち着いた仕事がしたいと思い、日本海工に入社しました。


-貨物船から作業船へ転職されて、お仕事はどうでしたか?

(高木)貨物船の仕事はかなり過酷でしたので、日本海工での仕事は希望通り落ち着いて仕事ができました。
私はオペレーターとしてスタートしました。
マニュアルはありませんので、とにかく先輩の仕事を見て覚える、いわゆる技術は盗むもの!という指導でしたね。
当時はバブル真っ盛りで、人も多く、仕事も右肩上がり。
働けば働くだけ評価され認められていきましたので、人より仕事をしてのし上がるという空気がとても色濃かったです。
私も例に漏れずに、「なんでもやります」、「仕事をやらせてください」とよく言っていました。
今思えば、私は上司に恵まれており、私がやりたいといえば仕事をやらせてくれました。
船長という職にも必ず後継者みたいな人が複数いて、競って仕事の取り合いをしていましたね。
やるかやらないかは自分次第ですが、誰にでも「船長」になるチャンスがあったんです。
今は当時あった「のし上がる」という空気は薄くなりましたね。


-その競争を勝ち抜いて高木さんは船長になったんですね。
 ご自身も船長として後継者を育てているのでしょうか。


(高木)もう船長になりましたが、第一光号の松尾君(松尾さんインタビューはこちら!)は私の下で学んでいました。
全部を伝えきることができませんでしたが、船長になった今、頑張っていると聞いて嬉しいです。


-松尾さんのインタビューで、高木さんを見て学んだとのお話がでてきました。
 大先輩の高木さんにとって印象深いお仕事を教えてください。


(高木)シンガポールでの仕事が印象深いです。
文化も考え方も全く違う、カルチャーショックを日々受けていました。
私たちが当たり前だと思っている仕事に対するスタンスと、彼らの仕事に対するスタンスは全く違います。
仕事は単に家族を養う手段でしかない。
現地に行って最初に覚えた英語は「ホームリーブ」(有休)ですよ。
「子供の誕生日だから休みます」って、以前からわかっていただろと思うことでも、申告は前日。
でも、これもまだましで、当日連絡すらないことが多かったですね。
私たち日本人は家族と離れて仕事していますからね、羨ましいというか、なんというか(笑)
彼らの価値観を尊重しながらの仕事でした。

もう1つ、私にとって忘れられないことがあります。
決して良い体験ではありませんが、私の船乗り人生に大きな意味を持っています。
まだ私が下っ端の時代ですが、時化の中で作業船が遭難しかけたことがありました。
高波で船が大きなダメージを受け、この作業船にもあるリーダーの上部が外れてしまいました。
ワイヤーも次々切れて支えられなくなり、大波にあおられて外れた部分が振り子のようになりリーダーはもとより船自体も左右に大きく揺れて非常に危険な状況でした。
その時、同僚のおじさん(元漁師)が私に「絶対に飛び込むな、最後まで残れ」と。
漁船が沈み仲間を失った経験を持つ彼は、先に海に飛び込むと、生き残る確率が低くなることを知っていたんです。
幸い事なきをえましたが、船はひどい状態でした。
もちろん、人も船も安全を第一に考えて管理しておりますが、海上では何が起こるかわかりません。
万が一、不慮の事故があった時、全員が無事に帰るためにどうすべきか、こういった私の経験や、教えられた生きた言葉を大切にしています。
 (縦の柱三本がリーダーです。これが左右に揺れていたそ...

 (縦の柱三本がリーダーです。これが左右に揺れていたそうです。。)

-とてもすごい体験ですね。
 それだけの思いをされても、何故船に乗り続けられたのでしょうか?


(高木)理由はたくさんありますが、船の上だからこそ見える景色というのがあります。
例えば沖縄の石垣島での仕事など。
とても素晴らしい景色ですし、夜空も美しい。
何度見ても感動しますよ。


-高木さんの心をそれほど打つ景色を一度は見てみたいです。
 最後に、船長として心がけていることを教えていただけますか?


(高木)
人に仕事をしてもらうために、自分がその仕事を全部できるようになっていないといけない。
例えば、「どうしようか?」「これでいいですか?」と言われたときに、「あなたの判断でお願いします」では意味がありません。
ちゃんと指示、指導ができる必要があります。
そのために、知識や技能を常に磨いておく必要があります。
それに加え、知識や技能があれば、不測の事態でその担当者が仕事できなくても、その人に代わって自分が仕事をすることができる。
船長として人と船を守るとは、そういうことだと思っています。
また、ここ4~5年は、機嫌よく働いてくれるよう考えて指示しています。


-第80光号の皆さんの高木さんへの信頼はそこからきているんですね。
 インタビューさせていただきありがとうございました。
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